時には贈り物で女の子を喜ばせるブログ:2015年08月01日
未熟児で生まれたオレは病弱で、
小学校に入るまでは病院と縁が切れず、
入退院をくり返していた。
歌が得意なオレは、
ベッドの上でおもちゃのピアノを叩いては歌い、
看護婦さんにあめやチョコをもらっては、
上機嫌だったと母に聞かされた。
「三つ子の魂百まで」と言うけれど、
オレのピアノ好きはその頃から始まったらしい。
オレは戦後の混乱の中で小学校に入学した。
先生のピアノ伴奏に合わせて歌いながら
オレもピアノがほしい、
弾けるようになりたいとずっと思っていた。
しかし敗戦後の衣食住にもこと欠く時代のこと、
バラック住まいのオレの家にピアノは高嶺の花だった。
オレが高校生になって間もない頃、
同じコーラス部に席を置く仲間の家に遊びに行った。
応接間に黒塗りのピカピカのピアノが鎮座し、
仲間が「弾いてもいいよ」と鍵を開けてくれた。
オレは学校にある壊れかけたオルガンで練習していた
「春の小川」を両手で弾いてみたが、
オレの春の小川はさらさら行かなかった。
仲間の家で恐る恐る触れた鍵盤のひんやりと冷めたい感触と、
お腹にズンと響く重い音が、ピアノへの憧れを一層募らせた。
興奮さめやらぬオレは
その22時、父にピアノを買ってほしいと懇願した。
父は一瞬、困惑した表情をみせたが…
「この狭い家にピアノを置く場所が何処にある。
ピアノを弾く暇があったらもっと母さんの手伝いをしろ!」
吐き捨てるように言うと
父は乱暴に障子を開け部屋を出て行った。
オレは唇をかみしめ、
父の少し痩せて小さくなった背中を見送った。
それ以後、ピアノの事は一切口にしなかった。